「緑を愛するバングラデシュ人の片思い」
中野 久美子
(本稿は2026年1月に寄稿されたものを転載しています)
私のバングラデシュ初渡航は2022年春でした。それから今に至るまで心待ちだったJICA支援の新空港開港は間に合わず、とうとう2026年1月、最後の現地業務を終えます。
ダッカの強烈な第一印象はこの空港から始まりました。飛行機を降りて嗅いだ埃の匂い。アフリカ各国の地方空港を思わせる暗がりの屋内、すすけた木製カウンターや色褪せた表示。怪しい身分証を下げた人が雑然と座り込んだり出入りしたりしていました。日本からは東南アジア経由で大抵深夜に到着しますが、真夜中でも空港出口で群がる迎えの人々、その中で「タクシー?タクシー?」とあちこちで声があがります。車待ちの間、大気汚染でぼやけた外灯を見つめながら「アフリカより・・すごいな」と暗たんたる気持ちがしました。
ところがそれからの数日間で、私のバングラデシュの印象は180度変わりました。まずは親身に接してくれるホテルスタッフや冗談好きのオフィススタッフとの出会いがありました。ムスリムの若いアドミン男子と、ヒンズー教徒でおせっかい医師の“おばちゃん”が業務妨害になるほど高らかに笑いあい、ずっと冗談をとばしていました(写真②、④)。働きだすと、遠慮や見栄、裏表を使い分ける日本人と重なる繊細な内面があることも分かってきました。相対的な感想ではありますが、一緒に働きやすい人が多かったです。
そんな親和性の高いバングラデシュの人ですが、日本人と最も違うなと感じたのは雨についての感覚です。雨が降るとバングラデシュの人は喜びます。雨天を嫌い、雨で社会活動が低下する日本人とは大違いです。バングラデシュの高名な詩人タゴールも、雨の美しさをテーマに沢山の抒情詩をしたためたそうですが、私自身も実際にダッカに身をおくと、その美しさに心を奪われる瞬間が何度もありました。
お昼の雨の後はさっきまで灰色にすすけた街路樹が緑色にキラキラと光り、街を行き交う人々の表情もイキイキと見えました。大きく息を吸ったら空気が特別おいしく感じられました。大気汚染が世界レベルで最悪のダッカ(昨晩は北京の2倍!)だからこそ、雨上がりの美しさも際立つんだろうなというありきたりな見解に加えて、もう一つの理由としては彼らが、本当に緑が好きだからなんではと思っています。
1971年の独立の際、バングラデシュの国旗は日本をまね、緑の背景に赤い日の丸を配置したという話は有名ですが、実際バングラデシュの人は「緑」を愛しています。看護学生、そしてナースの制服は白衣ならず一律「緑衣」です(写真①)。
そしてダッカには植木屋がたくさんあることに気づきます。ダッカのビルや家屋の屋根の多くは平面なコンクリートで、洗濯干しや遊び場として利用されますが(通称「ルーフトップ」)、木々や果実をたくさん植えるので(写真⑤~⑧)、空から見ると緑色が目立ちます。ルーフトップで収穫した果実をオフィスで振るまってくれたりもします。このおかげで、猛暑でも、建物の気温が調整され、環境保健的にも良い効果があるのではと考え、研究への興味がそそられます。
そして最後に…バングラデシュほど親日的な国は、これまで私が旅したアフリカや東南アジアにもありませんでした。日本車が90%以上を占める国は、世界中でここだけではないでしょうか。出会う誰もが日本に行きたい、日本で学びたいと語ります。けれど日本の人はバングラデシュのことはほとんど知らないので「完全な片思い」だと感じます。かくゆう私もここに出張するまでは、南アジアにあるイギリスの旧植民地という知識程度で、「パキスタン、バングラデシュ、あれどっちだっけ?」という恥ずかしい状況でした(実際は独立の際の激しい争いでバングラデシュの人はまだパキスタンを許しておらず、パキスタンの話題はこちらではご法度です)。
雨あがりの緑の輝き、自分がいかにまだまだ知らないことばかりかを気づかせてくれたこのプロジェクト、そしてそれを支えて下さったTACの皆様に、感謝の気持ちでいっぱいです。
皆さまの周りにもバングラデシュの方が居たら微笑んで話しかけてみてください。私がこの国で受けた温かい親切の輪が、ゆるやかに広がっていけばよいなと願っています。