ある日、都内で生活する大学生の息子から国際電話があった。「今警察から電話があって、本人確認された。どうやら実家に怪しい電話があって祖父母が騙されたらしい」。え!またか!と4年前に家族構成や呼び名を熟知したストーリー性のあるオレオレ詐欺に母親があやうく大金を騙されそうになった時のことが脳裏をかすめる。すぐさま実家に電話をすると疲労困憊の様子でため息交じりの母が電話に出たが、てっきり電話の主を孫だと思い込んだのだった。どうやら事の顛末は以下のようだ。
その日の昼頃、電話が鳴った。受話器を取ると咳をしながら話し出す若い男の声がする。「あのさ、ゴホン、ゴホン風邪ひいちゃったんだけど、ゴホン」。これを聞いた母親はすぐさま孫だと思い込み、大丈夫と心配し名前を呼んでしまう。「そう、ごめんのどが痛いんだけど、実は大学で参考書や教科書が必要になって他の2人の友だちはもう買ったんだけど、ゴホン、俺も勉強のため急に必要なんだ、ゴホン」。母親:え、それは大変じゃない、いったいいくら必要なの?「100万円が必要だけど、ゴホン」。母親:え!100万円、それじゃ何とかするから心配しないで、とお金がないのにいとも簡単に即答してしまう。「じゃあ、早くお願いします、またすぐに電話するからね」と言い電話が切れる。
さあ、これは大変と完全に信じ切った母親は、電話の内容を怪訝に思う父親の尻を叩いて銀行に行かせて100万円を工面するよう命令した。寒吹きすさむ中いやいやながらも近所の銀行まで自転車をやっとこぎながら向かう父親も内心「孫のためなら仕方ない」と思ったに違いない。
銀行に到着した父親は所有するATMカードで虎の子の100万円を難なく引出した。しかし100万円もの大金を引出したことのない父親は、念のためカウンターの行員に引出したばかりの現金を機械で数えてもらった。自分の目の前で確かに100万円だ、と安心した父親は再び自転車に飛び乗り帰宅を急いだ。しかし高齢のおじいさんが100万円もの大金を引出しわざわざカウンターで確認する様を不審に思った行員が警察に連絡。通報を受けた警官がすぐに銀行に来て、父親の住所を確認し自宅に直行したのだった。
急いで家にたどり着いた父親は母親に「遅すぎる!」となじられながらもまだ半信半疑。しかし家庭内の政治的力関係では及ばない。ちょうどそこに電話があり「あ、ゴホン、ゴホン、ごめん、お金大丈夫かな」。母親:もう用意したけどいつ来るの大丈夫?と詐欺犯を気遣う。「大丈夫だけどもしかしたら友達に行ってもらうから渡してね」と言い残し電話がきれる。それでも大好きな孫が風邪をひきながらも勉強のためわざわざ2時間かけてやって来るのだと母親は信じ込み玄関に立ち続ける。そこにピンポーンとインターホンがなった。母親:あ!来た来た、と喜んで玄関のドアを開けると背広姿の男が2人が立っている。男は「さきほど銀行から連絡があり、まとまったお金を引出した年配の男性が来られてというのでどのような事情か念のためお尋ねに上がった次第です」と差出した名刺は地元警察署の肩書。父母:え!と一瞬固まりながらも事情を説明。署員:では直接お孫さんに電話をして確認してはいかがでしょうか?母親:でも電話番号は分かりません。署員:電話の目の前に書いてあるのがそうでは?母親:あ!そうですか?取り乱れる母親に代わって署員が息子に電話をかけ今日電話をした有無や生年月日を尋ね本人確認をしたのだった。
その時点でやっとオレオレ詐欺だと気づかされた父母は署員の前で批難合戦を始めた。しかし目の前で繰り広げられる熾烈な夫婦喧嘩を署員は我慢して聞き流し、そのまま玄関に立ち続け犯人の一味が現金を受取りに現れるのを待った。10分、20分、30分と経っても誰も来ない。署員は犯人に自分たちが家に入るところを見られたため既に逃走したと判断したのだった。つまり電話をかけ言葉巧みに信じ込ませる役、金をだませると判断した際に自宅近くで待機し現金を受取りに行く受け子役、そして受け子から現金を渡され逃げる役という少なくとも3人がチームのようだ。誰でも入手できる家主名入住所地図と電話録を基に電話をかけ、あらかじめ家の場所を下見した上で確認し、受け子と逃走役が潜む配置場所を決めた上で電話役と連携しながら動くらしい。
おさらいすると、電話役が母親が話にまんまと引っかかったことを確認。受け子役と逃走役に決められた配置につくよう指示。家の近くに潜み状況確認をしていた受け子役が、父親が急いで自転車で現金調達に行き家に戻ったことを確認し電話役に連絡。電話役が母親に現金の有無を確認。電話役が受け子に友人を装い家に行き現金を奪取するよう指示。受け子が役作りを整えいざ仕事だ、と思った時に警官らしき男たちを目撃。そのため仕方なく実行を諦めざるをえなかった、のだろう。
それにしてもあらかじめ住所を確認された上で、時々家の中を覗かれ両親の様子を見られていたのかと思うと確かに怖いし許せない。こいつらだけには死刑が相当と非人権的な気分になってしまいそうだ。しかし少なくとも父親の苗字と顔はバレている。母親はこの数日前にやはり孫だと称する同じ犯人と思われる男から、海外のビットコインで儲けたけど、海外送金するため口座番号を教えてくれと頼まれていたらしい。
後日オレオレ詐欺を未然に防いでくれた銀行の行員を訪れ、あえて警察に通報していただいたことに感謝を伝えた。実は高齢者が1人で大金を引出すことが多いが、ATMから引出した場合は察知できないことが多いので被害者が本当に多いはず、と。しかし父親の異様に几帳面な性格が巧妙を来したのだ。
4年前に遭遇したオレオレ詐欺は実に巧妙で、もはやオレオレではなく家族全員の実名や兄弟の呼び方まで把握されていた。それも同じ銀行の行員の機転で助かった(タックニュースレター2014年5月号参照)。
毎週1回は実家に電話をしオレオレ詐欺に注意するよう喚起し、息子にも頻繁に実家に電話をするよう促してはいたが、あと一歩で詐欺被害被害にあうところだった。皆さんも今まで以上に実家のご家族に連絡をし、常に気遣いをすることを強くお勧めいたします。
それではよい新年をお迎えください。