ヨルダンに住み始めてすぐに目についたのがネコ、それもゴミ箱に群がる野良猫であった。トルコでは野良犬が闊歩していたのとは対照的である。そうアンマンの街中で野良犬を見かけることはない。飼い主を従えて散歩するイヌを見かけるくらいである。ペット以外のイヌがいないのかというとそうでもない。街の外にでると畑地が広がりヤギやヒツジ、そしてラクダを飼うテントが散見されるようになる。そしてこれら家畜の群れにつかず離れずにいるイヌを見出すことができる。
イスラームでは、ネコは「真のペット」とされ、イヌはというと不浄な生き物とされる。ネコが四六時中毛繕いして清潔感を演出しているのに対し、イヌはよだれを垂らして歩き回るのが嫌われたようだ。しかし、遊牧を生業とするベドウィンにとってイヌとのつきあいは、イスラームを受けいれる前からである。イヌは「最古の家畜」とされる動物であるから当然といえばそのとおりである。人類が狩猟・採集により食糧を獲得していたころからのつきあいである。その証拠が見つかった。
ヨルダン南部に位置するワディ・ラムには先史時代の動物壁画がある。ラクダ、ダチョウ、ヤギとおぼしきものたちである。ワディ・ラムを東に進むとサウディ・アラビアの砂漠地帯となる。その砂漠地帯で岩肌に刻まれたイヌの絵が見つかった。正確には、すでに「ハーイル地方の岩絵」として世界遺産に登録されている。この壁画を調査分析したドイツの研究チームによると、そこには首に紐を付けられ、狩りを手助けする姿が描かれていたことがわかった。そして、8000〜9000年前に彫られた世界最古の飼いイヌの壁画の可能性があると発表された*。
参照*:https://doi.org/10.1016/j.jaa.2017.10.003
肥沃な三日月弧では、野生コムギなど植物の栽培化のみならずヒツジやヤギなど野生動物の家畜化もあった。イヌの家畜化も肥沃な三日月弧の位置する中東が起原である可能性が高いとされる。壁画の調査結果もこれを補強する資料のひとつに数えられるのであろう。
ところで人間がオオカミを家畜化してイヌという動物が成立したと考えられている。遺伝子の研究からイヌの起原は東アジアが有力な説となりつつある。しかし、オオカミを家畜化した人間がそんな大昔に東アジアに存在したのかという疑問もある。
最後に、「人間の最良の友」とされるイヌ、家畜としてよりもペットとしてみた場合、イヌを飼うことで心血管疾患や死亡リスクが低下するとの研究記事を見つけた。特に、一人暮らしのヒトの場合、イヌを飼うとペットを飼っていないヒトに比べて死亡リスクが33%、心血管疾患に関連する死亡リスクが36%低減する可能性がある**。
昔からペットを飼うならネコよりイヌと思っていた。長生きしたいという願望はないが、本能があるいはDNAに刻まれた記憶が長生きするならイヌよと働きかけているのだろうか。イヌと人類との長いつきあいの中でイヌがヒトにこの関係が永遠に続くようにと刷り込んできたのかもしれない。少なくともイヌと人は、9000年前から共に旅をしてきた***。
参照**: https://www.cnn.co.jp/fringe/35110623.html?tag=top;topStories
参照***:https://www.bbc.com/japanese/features-and-analysis-45885668