帰国した日本は暑かったり大雨だったり変な天気だった。帰国報告のため訪問した本部から去ろうとすると、5年ぶりに同業者の友人と出くわした。彼女はマルチな働きをする優秀な人。いつも引っ張りだこなので途切れることなく世界を駆けまわっている。会う時は常にハツラツの彼女だったが今回はなぜか悶々とした様子だ。聞けば本部と合意していた任期延長が反故にされ帰国したのだと言う。ん~なぜそのようなことになるのかと聞くと、何ともやるせない実情があったようだ。
プロジェクトはある研究機関の案件でインドシナ半島では初め取り組む重要案件。本部もお楚々があってはならないと、あえて彼女に白羽の矢を立てて派遣したのが経緯だ。激務に耐えシャトルで派遣される研究者たちの業務を支えてきた。配属先からの全幅の信頼を得ながら共に計画どおりの活動を実施運営してきた。当然本部も3年目の任期延長を依頼し、できれば最後までと期待していたらしい。
ところが突然事務所担当者から彼女に対して「延長はないので別の仕事を見つけたら」とあっさりと言われた。「え!」と思うが理由も説明されずに一方的に伝言を押し付けられた。彼女の頭の中はすぐさまこれから母の介護施設費用をどう払うのか、と不安と危機感が一気に駆け上った。
本部の担当者に問合わせても返答はなく、事務所員からその理由が伝えられたのはそれから1週間後。書面の日付は1か月以上も前ではないか。その理由はその研究機関の研究者から本部担当者に対して調整員は業務怠慢のため変えるべき、と文句があったからだと言う。業務怠慢の内容は、パソコンが何もできない、報告が何もない、経理が厳し過ぎる、といった内容で彼女は目を疑った。
彼女は「この業界でパソコン云々は論外で、その研究者たちとは毎週ネット会議を行い議事録を残す作業を継続し、また経理は事務所の指導を実践していたのだが」と。当然、本部の担当者は研究者のそんな理由は取るに足りない事で、プロジェクトの業務が遅延なく実施運営されている現実がすべてだと思った。その後本部の役職者が改めてその研究者たちと面談し事実を尋ねると「パソコンが・・・」という虎の威を借りた狐が屁理屈を並べるだけで呆れたらしい。
しかし、彼女はかねてからその研究者たちが1時間の会議のためだけに高価な航空券でわざわざ毎週出張してきたり、単距離の移動に高額なレンタカーを使ったり、また個人的研究のために公費を出費させたりすることに違和感を覚えていた。そして事務所と本部からの対応を促してはいたが皆重い腰を上げなかったと言う。そんな自分の言動が研究者によっては煙たかったのだろう、と言う。
しかし誰が聞いても理解不可能で屁理屈にしか聞こえなくても、それが非正規の研究者でも、それがある研究機関ならば話は「正当」になるのだと彼女は言う。本部としては彼女の任期延長よりも、その機関との良好な関係を選択したまでで何ら問題はない、と判断したようだ。組織の理論が優先されるのはよくあることだが、本部も事務所も自分と話し合う余地も与えずに一方的に立場を否定し「決着」したことは残念でたまらない、と言う。
同業者として本当に残念な話でこの業界では結局弱者なのかと思うと悔しさがこみ上げた。別れ際に励ましの言葉で彼女の背中を送り出したが、決して他人ごとではないと実感したが、彼女の母親を心配する横顔が忘れられない。