タイの辺境の地は夢の始まり
小熊 誠
ラオス人民民主共和国(プロジェクト業務調整)
2020年3月下旬からコロナの影響で、タイとラオスの国境は閉ざされ、タイ航空も3月末を持って欠航となり、4月6日、ラオス航空のチャーター便で日本に避難一時帰国となりました。それ以降、陸路の入り口となるタイ・ラオス友好橋を渡る公共交通バスも運休となり、再開したのが2022年6月。JICAラオス事務所より、第三国渡航(タイ、マレーシア、シンガポールの渡航のみ可)が可能になるとの知らせを受けたのも6月。嬉しさのあまり、7月に対岸の街、ウドンタニへ日帰り旅行したことは、前回、書いたばかりですが、再び8月にメコン川を越え、タイに入ることになりました。すでに10月も過ぎていますが、当時を思い出しながら、その時の様子を書き記したいと思います。
8月の金曜日の夕方、16時40分に仕事を終え、タイ・ラオス友好橋に向かう。平日夕方の友好橋までの道は空いており、前の月に国境を越え、要領を得ていたせいか、国境のイミグレも簡単に通過することができた。イミグレ前の道標には、なぜかパタヤ682km、ホアヒン845kmの文字(写真1)。ラオスの人は、海に憧れるのだろうか。
入国審査を終え、タイのノンカイに入り、時計を見ると17時50分(写真2)。オフィスを出てわずか1時間で、すでにタイの地に乗り入れている。イミグレを抜けた先には、ウドンタニ行きの乗合バンやノンカイの街中まで行くトゥクトゥクがラオスからのお客を待ち受けている。さて、ウドンタニのビアバーでも行こうか。特にホテルを予約しているわけでもなく、ただ国境を越えようと、勇んで来ただけのことである。まだ明るい陽射しの中、立ち止まっていると、「ノンカイ」「ステーション」と声をかけるトゥクトゥクのおばちゃんがいる。駅?、、、駅もいいなと思いつつ、値段を聞くと「50バーツ(≒200円)」。ウドンタニまでの乗合バンは55バーツ(≒220円)だが、まあ駅に行ってもいいなとトゥクトゥクに乗車(写真3)。
田舎道を走るトゥクトゥクは、どこか遠い国に行くかの如く、心湧き踊っている自分がいた。とは言え、たったの5分である。時刻はまだ17時55分。大して人もおらず、駅らしくもない、がらんとした建物の前で降ろされる(写真4)。
思えば遠くに来たもんだと感傷に浸っていると、突然大音量のタイ国歌。そうだ、18時である。駅構内にいる人たちは皆、直立不動。警察官も駅員も敬礼をしての国歌斉唱(写真5)。
久しぶり見た光景に感動。ここはラオスではない。辺境の地ノンカイでも、やはりタイはタイである。美しき哉、タイ王国。タイは本当に素晴らしい。タイ国歌に酔いしれ、切符売り場へ。ボードには、バンコク行き「RAPID18時50分、SPECIAL EXP19時40分」とある(写真6)。どうやらSPECIAL EXPが寝台車のようである。駅員に聞くと、寝台車は上段が900バーツ(≒3,600円)、下段が1000バーツ(≒4,000円)とのこと。大した違いはない。それならばと、下段を買うことに。数時間前まで、ラオスで仕事をしていたのに、もうバンコクに行けるんだと、夜行列車に思いを馳せる。
ホームには19時40分発バンコク行きの標識が置かれ、電車もやって来た。すでに空は暗くなり、夜行列車の様相を呈している(写真7)。電光掲示板に照らし出された「TRAIN:26 CAR:05 Nong Khai Bangkok」文字が何とも感慨深い(写真8)。いよいよ出発だ。2020年1月以来、2年7カ月ぶりのバンコク。タイから見れば辺境の地ノンカイも、ラオスからはまさに夢の始まりである。【次号につづく】
註:東北本線は、タイ王国の鉄道でありクルンテープ駅とノーンカーイ駅(621.10km)間を結ぶ鉄道路線である。ウィキペディアより