ミャンマーのコロナウィルス感染の現状
碓井 哲郎
業務調整(ミャンマー連邦共和国)
コロナウィルス感染は世界規模での大事件になったが、ミャンマーでの公式発表によると、3月30日現在の感染者は10名でうち1名を除き、米英などからの帰国者や入国者とされる。しかし、中国と2,200Km以上の国境を接し、人と物が日々往来する現状はかねてからの感染拡大の懸念材料だ。東南アジアの周辺国では既に感染者が続出し始めた3月初旬でも、国家顧問のアウンサンスーチーさんは「ミャンマーはCOVID-19感染がない国だ」と豪語しながら11月の総選挙キャンペーンを全土で実施していた。選挙活動では民衆の動員が不可欠なため、彼女が党首を務めるNLD(国家民主連盟)幹部や閣僚たちが敢えて情報を上げずにいたのかもしれない。
3月27日はスーチーさんの父アウンサン将軍が日本軍に反旗をひるがえした日とされる国軍設立記念日。今年は75周年記念として大規模な軍事パレードを計画し、2月初旬から隔日で練習を開始していた。首都ネピドーの国軍司令部から戦車、装甲車、ミサイル搭載車両などに見立てた軍用トラック約600台が幅100メートルの道路を4列縦隊でゆっくり進むのである。そのため移動中にこの練習に出くわすと40分以上は路肩に押しやられ身動きが取れなかった。しかし3月9日からその練習はぱたりと止まった。関係者によると参加していた兵士5,000人の中に感染者が出たため、全員ヤンゴンの軍病院で検査を受けている、ということだった。それ以来練習は再開されず、1週間後に記念式典自体が中止になった。それまで戦闘機がビュンビュン飛んでいた空も急に静かになった。
WHOが把握する感染地図では長く東南アジア内でミャンマーとラオスだけが空白になっていたので、疑わしかった。2月まで武漢、上海、広州、北京、昆明などからの直行便が運行し、武漢閉鎖前にはミャンマーにも多くの中国人が「避難」してきたと言われる。農産業の最大の貿易相手は国境を接する中国なので未だに国境は開いている。また感染が広がるタイでは製造業や建設業の操業を中止したため失職した労働者が出身地のラオス、カンボジアそしてミャンマーに帰ってきた。タイとの国境の街には毎日5,000人以上の労働者が押しかけ帰国手続きをしている。しかし各労働者に対して保健省は14日間の自己隔離を徹底させようとしても施設はなく、連絡先を書かせても本当の住所でないことが多い。
ヤンゴン市内では感染者が確認された区画は政府が消毒をするなどの措置はしている。また米英やEUなどから空路帰国した人に対しては2週間の隔離を強いている。政府の隔離病棟の他に民間のホテル等が宿泊先として指定されているがベッド数は限られている。先日、アメリカ留学中の知り合いの子どもが帰国し政府の施設に滞在中だが、写真を見ると陰性でもそのうち陽性になりそうな環境だった。政府は今後拡大するであろう感染者の収容場所を確保するため僧院や研修施設を活用する準備を整えてはいるが、検査体制や医療器具や医薬品などは慢性的に不足している。そのためもし感染が爆発的に拡大した場合の対応には限界があるのは否めないだろう。ヤンゴンの下町は碁盤の目状の狭い土地にアパートが立ち並び、学校、市場、宗教施設、行政事務所がひしめくコミュニティで成り立つ作りなので、感染が拡がりやす環境なのかもしれない。
ミャンマーでも今できることは手を良く洗い、うがいをし、人込みには近づかないと、スーチーさん自らよく手を洗う宣伝を盛んにテレビで流している。しかし彼女がマスクをしていないことに疑問を持つ人もいるが、マスクは2か月前から既に入手が困難だ。市内でこの店でマスクが今売っている!という情報がメールで流れると日本人は殺到するのだが、値段はそれまでの10倍に跳ね上がり、10枚セットで5,300円という高値で売りつけられることもある。これでは最低日雇労働賃金の380円では買えるはずはない。客の足元を見た汚いマスク商法が横行しているが、商品の箱のバーコードを検索しても製造元は不明だ。
政府機関は先週から就業人数を半減させ各省庁は2グループの交代勤務となった。ヤンゴン市内はにわかに人や車の数が減っている。ネピドーでは省庁間やドナーとの会議のほとんどは延期された。各ホテルではさらに閑古鳥が鳴くなか従業員を交代勤務にさせ、しのいでいる。しかし、3月26日にはスイスから戻った国連職員の感染が確認された。JICA関係者も宿泊するそのホテルは閉鎖され、今後風評被害にもさらされるかもしれない。
成田/ヤンゴンの直行便を飛ばすANAはミャンマーへの入国制限が厳しくなる中でも4月中は往復16便の減便体制を維持し、人々の移動手段を確保する構えだった。しかし政府はヤンゴン国際空港を3月30日から4月13日まで閉鎖することを発表。外人が越境できる国境ルートもほぼ閉鎖されたのでミャンマーは陸の孤島となった。人々はこれから感染が蔓延するかもしれないという不安の中でしばらく暮らすことになる。