実家に戻った

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タイ 業務調整:碓井哲郎

 

今年の日本の夏は酷暑と台風の連続でなんと過ごしにくいことか。爽やかな日本の夏というイメージは一気にすっ飛んだ。実家は木造作りで風通しが良すぎるのだが、通り抜けるのは熱風なのでなおさら「熱い」。深夜でも30度は下らない日があるので扇風機を回しても気休めにしかならない。暑さでよく眠れないまま外が早く明るくなるので寝不足の毎日だ。

家には居間に唯一のエアコンがある。父親は元々体温が低めの体質だからか大のエアコン嫌い。母親は汗っかきの体質なのでエアコンがないと生活できない。今年の夏は日中でもエアコンなくしは家の中にはいれない。その居間のエアコンを消したりつけたりと二人のバトルが毎日繰り広げるので尚更暑くなる。

両親は共に昭和一桁生まれで横浜大空襲の経験者。地面に突き刺さる焼夷弾を避けながら逃げ惑った。母親が逃げ込んだ家は避難した人たちでもう一杯。大人たちに出て行けと追い出され、泣きながら走り出て振り向くと直撃弾でその家は木っ端みじんになった。パイロットの顔が見えるほど低空で飛行する米軍機の機銃掃射に追いかけられながらも、まさに九死に一生を得て逃げ延びた。

そんな苦労をした世代だからか二人とも高齢ながら幸いにも取り敢えず元気で生活ができている。そのため自分はこれまで長年海外で仕事をさせてもらうことができたのだ。しかし二人ともすでに90歳近くになり老いが目立つ。

母親は少し忘れっぽくなり、曜日は新聞を見ないと分からないことがある。また自分でしまった物がどこにあるか分からなくなることがある。医者に言わせる認知症の初期症状とのことだが、料理洗濯は毎日できるし火の元は気を付けている。しかし足腰の筋力に加え握力や腕力も落ちているため外で転んだり、食器がちゃんと洗えなくなってきている。

父親は今でも自転車で外に出かけるので家族はみな心配だ。本人は「杖替わりで乗らないよ」と言って自転車を家から押して出て行く。しかしせまい街なので自転車で疾走している場面をいつも近所に人たちに目撃される。まあ有酸素運動なので良いかもしれないと思うようにするがやはり心配だ。

実家にいると両親が当たり前のようにしてきた掃除、洗濯、洗い物、庭掃除、ごみ捨て等を自分がすることがある。しかしこれがかなり大変だと恥ずかしながらこの年になってやっと実感できるようになってきた。これまでたまに家族で帰国すると孫や我々のために料理を沢山作って待っていてくれた母親。いつでも休めるように寝床を準備してくれた父親。いつの間にか、それまで出来たことが出来なくなってしまった現実に自分はもっと戸惑っている。高齢になった今の二人の姿を見ていると、長年共に生活できずにいたため二人の「老い」の過程に寄り添えなかったことに歯がゆさを感じざるを得ない。  

以上