スワナブン空港での出来事

次の記事へrep_2017_2_2.htmlrep_2016_5.htmlshapeimage_1_link_0
記事メニューへreport.htmlreport.htmlshapeimage_2_link_0

タイ 業務調整:碓井哲郎

 

 今週、2016 年 10 月から 12 月における在タイ日本大使館領事部への邦人の犯罪被害届は 47 件だ ったと報告された。外務省領事局海外邦人安全課に 2015 年の統計によると同大使館における邦人 援護件数は 1,028 件で全世界の在外公館の中で最多。ここ 3 年間はその地位を揺ぎ無いものとし、 おそらく 2016 年もダントツだろう。数では世界の中でも治安が悪いというイメージがあるニュー ヨークの倍近い。ただしこれはあくまでも領事部が把握している数であって、実数はこの倍は下 らないと思われる。2015 年にタイを訪問した日本人の延べ数は 138 万人。観光地として根強い人 気と魅力ある国だ。しかし邦人が巻き込まれる事件は後を絶たない。

 先月、友人がバンコクにやってきた。時間があったの でスワナブン空港まで迎えにいくが、飛行機が到着し てもなかなかロビーに現れない。やっと出てきたと思 ったら自分の前を疾風のごとく駆け抜けて行くではな いか。え!と思ったがとりあえずその友人の後を追い かける。しかし、決しておやじとは思えないスピード で忍者のように疾走する。やっと追いつき一体どうし た?と聞くと「税関を通過する前にあるタイ国際航空
(TG)の Luggage Claim オフィスの前に置いたカバンが 手押しトローリーごと盗まれたので、別の旅行者が間違えて持ち去ったと思い、急いで後を追い かけてきた」と言う。事情を理解し地下階の駅近くまで行くが友人が言うようなカバンを持って いる人は見当たらない。仕方なくカバンが盗まれた現場に戻ることとし、友人とまた走って税関 を逆行して突っ切り戻るがやはり何もない。Luggage Claim オフィスの職員に説明すると、すぐさ ま隣の荷物預かりカウンターに向かい中を探してくれるがそれらしきカバンは見当たらない。

 友人はタイでの駐在経験もあり空港で盗難にあったこともなかったので、まさかこの自分の身の 上にこんなことが起こるはずかがない、と信じきっていたようだ。しかし泥棒からすればそんな ことは関係ない。一瞬の隙を突き友人がガラス窓越しに置いたカバンを大胆にかつ毅然とした態 度でまるで自分の持ち物のように持ち去ったのだろう。現場はガラスで仕切られた Luggage Claim オフィスのすぐ前。友人はカバンを置いたトローリーを入口手間のガラスドアの脇にとめたまま オフィスに入り、後ろ向きに椅子に座りカバンを時々見ていたが見事に盗られたのだった。友人 が、あ!と思った時には忽然とカバンが消え去っていた。しかし空港には CCTV がいたる所に設置 され死角がないはずだ。現場の天井を見上げると近くには少なくとも 3 つのカメラがある。この カメラには犯人が写ったはずだと確信し、急いでツーリストポリスの事務所に行くことにする。

 「ちくしょう!畜生!」を連呼し怒りに燃え盛る友人と共に税関職員の視線を無視して闊歩し、 同じフロアーにあるツーリストポリスの事務所に行く。「俺のカバンが盗まれた!」と友人が英 語で大声でまくしたてるがカウンターの中の職員たちの反応は均一的に鈍く、女性職員がタイ語 で「どうぜまた自分でどこかに置き忘れた日本人だよね~」と怪訝な態度で斜に構えるだけだ。


 そのため友人はタイ語で「お前は人のカバンが盗まれたのになぜちゃんと仕事をしないんだ!」 と大声で怒りまくる。これに驚いたちゃんと制服を着た警官が反応したので事情を説明。CCTV の 画像を確認するためには空港警察署に行き盗難証明書を作成する必要があるとのことで、地下の 警察署に同行してもらう。しかし延々と待たされたあげくにやっと現れたおまわりくんは、ペン を握るがのらりくらりと面倒くさがりながらで筆は一向に進まず我々のイライラを増幅させる。 警察署に着いてから書類を入手するまでは約 20 分以上もかかったが、友人には 2 時間ぐらいの時 間の浪費に思えたようだ。「これで CCTV の録画を見られるぞ」と言う制服警官の後を小走りで進 むがスワナブン空港安全管理局は同じ建物の中
ではなく、駐車場を隔てた反対側の建物に位置す るため 20 分以上も歩かなければならない。友人の顔には怒りと呆れと馬鹿馬鹿しさが交錯してい るようだ。自分は「よーし、これで犯人は分かるぞ」と友人を後ろから励ますのが精一杯。
 空港安全局に到着したのは事件発生から既に 1 時間以上も経った午後の 3 時。しかしそこでもまた待 たされるはめになる。同行した制服警官によるとどう やら先客が CCTV を見るために朝から待っているとい う。「朝から待ってる~!」と友人と 2 人でハモるが 仕方がない。友人ができることは盗まれた所持品の中 にある ATM と
クレジットカードを停止すること。幸 い携帯電話は手元にあったので急いで会社に電話をか けまくった。自分が出来ることは、今頃泥棒たちはロックされていないカバンの中の貴重品を山分けしてカバンを処分している頃かな~と心の中でつ ぶやく言葉が口から出ないようにグッとこらえる事だけ。それから約 30 分が経った頃 CCTV にバ ッチリ映し出させる犯人を見られる順番がやってきた。どうやら制服警官が担当者に事情を説明 し早く対応するようにしてくれたらしい。

 期待と怒りで悶々とした気分で友人と画面の前に座り、現場近くに設置されたカメラを確かめ事 件発生時間に録画を戻して目を皿のようにして凝視する。しかし、しかしどうしたことか盗難現 場のすぐ側に設置されたカメラが撮影しているはずの映像が確認できない。安全管理課の担当者 も「ありゃ?どうしてここの画像が出ないんだ?」と不可思議な表情をする。別の周辺のカメラ の画像を戻して見るが、どのカメラにも血相を変えて俊足で駆け回る友人の姿しか映っていない。 担当者はカメラの配置図を確かめ操作を繰り返すが肝心の現場を撮影範囲に収める映像がないで はないか。そのため制服警官の提案で到着フロアー内にある警備室に行って画像を確認すること にした。

 またも 20 分もかけて来た道を戻り、今度は制服警官の手配でちゃんと空港内へ立ち入るために通 行証をもらい到着ロビーに到着。まずは現場検証のためカバンが盗まれた位置を警官と確認する が、やはりすぐ上の天井に確かにカメラはある。それから警備室へ向かうため狭い通路を進み到 着。さっそく現場を撮影範囲に収める CCTV の位置を確認して画像を確認するが、そこには友人が 焦った顔で走りまくる姿が見えるだけ。制服警官もそんなことはないだろうと不思議に思うが、 一緒に位置を確認したカメラによる映像は存在しない。なんと犯行現場を撮影しているはずの CCTV は天井には設置されてはいるが、カバーの中にはカ メラ本体がないのだった。タイでもスワナブン空港の警 備は厳しく敷地内のいかなる場所も CCTV で 24 時間管理 下におかれているかと思っていたが実はザル。これも空 港建設当時のタクシン政権の汚職の証拠なのかもしれな い。また、たとえ画像に犯人が写っていたとしてもさら に解析度数を上げることができなければ特定できる証拠 は確認できないように思われた。

 敗戦気分に押しつぶされそうな 3 人は再度事件現場に戻り、Luggage Claim オフィスの周辺や隣の 荷物預かりカウンターの中に入り一緒に捜索するが見当たらない。万策尽きてこれまでだ、と友 人は観念し再度ツーリストポリス事務所に戻ると、そこには新しい「お客さん」たちが順番を作 っていた。制服警官は「今日も多いな~、朝は後ろポケットから財布をスラれた日本人も来たよ な~」と。その制服警官は仕事とはいえ彼のできることはやってくれた。そして最後にわずかな 望みをたくし携帯電話番号を書いたメモを残し 2 人でお礼を言う。失望、悔恨、憎悪そして疲労 感でもう圧死状態の友人と共に空港を後にし、バンコク市内までタクシーで向かう。

 友人の手元には旅券と携帯電話と小銭が入った財布だけが残った。そして大金、カメラ、パソコ ン、ハードディスク、カード類、銀行通帳、運転免許証そして大事な業務書類を一気に失った。 車内で「ちくしょう!畜生!」と念仏のように唱え続ける友人。「もう泥棒大国(タイ国)のバ ンコクには絶対来ないぞ!」と 100 回は言っただろうか。街は相変わらずの渋滞に飲み込まれ時 は夕暮れ。我々を憂鬱と怨念の底なし沼に引きずり込むような空気が車内に充満し窒息しそうだ った。と、その時友人の携帯が鳴った。なんと空港のツーリストポリス事務所からの電話でカバ ンが見つかったと言うではないか。「えー!」と 2 人で驚嘆し、奈落の底から微かな光が見えて くる気分になった。しかし、しかしここは泥棒大国だ。ぬか喜びを恐れつつすぐさまタクシー運 転手にこのまま空港にスピードオーバーで戻るように指示。渋るドライバーの後ろから 2 人で 「パイ!パイ!(行け!行け!)」と半分怒鳴りながら連呼し続け急がせる。

 約 50 分後にツーリストポリス事務所に走り込むとなんと、確かにカバンがあるではないか。「お ー!」と 2 人で奇声を上げさっそく友人が中身を確認すると盗まれた物は何もない。再会した制 服警官に発見場所を尋ねると、盗難現場と同じ場所に置かれているのを関係者が見つけ通報があ った、と言う。いずれにしろ盗まれたカバンと中身も奇跡的に戻って来た。「関係者って誰だ?」 などと追及することは無用だ。そして制服警官に言われるまま記念写真を撮ることとなる。友人、 制服警官、カバンそしてなぜか女性職員がおさまり撮影。これが仕事の成果になるらしい。感謝、 感謝でお礼を言い立ち去ろうとすると、後ろからまた女性職員がカウンター越しに「どうぜまた 自分でどこかに置き忘れていたんだよ~」という捨てセリフのような言葉が耳ざわりだった。

 これでやっと一件落着だ!と友人と感慨深い気分になりタクシーに乗り込む。友人は車内で「や っぱりタイっていいよな!ね!ね!」と褒め言葉を連発しまくる。しかし、一体犯人は誰でなぜ まんまと盗んだ金品に手を出さずにそのまま戻す気持ちになったのかと考えた。そこで 2 人で一 致した犯人像は、荷物がおかれたトローリーを押して移動しても怪しまれず、保管できる場所を 知っている空港内関係者。そして犯行現場が CCTV の死角であることを知っている者。また盗難を 知ったタイ国際航空(TG)の Luggage Claim オフィス職員が嫌疑をかけて直行した荷物預かりカウ ンターの関係者だろうということになった。そしてなぜ盗品を返却する気持ちになったのかとい う点については、おそらく我々が TG 職員と制服警官を巻き込み騒ぎ立て、CCTV の録画を見たり、 現場検証をしたことが盗人かそれを知る関係者の知るところになった。そして犯人(犯人たち) は犯行を追求されることを恐れたがゆえに元に戻す気持ちになったのではないか、と。

 それにしてもその日は我々にとって長い長い 1 日だった。そして奇跡的に戻ったカバンは友人に とって忘れがたい教訓と思い出を残した。「やっぱりタイっていいよな!」と言い残しタイを後 にした友人。しかし我々が知る術もないスワナブン空港内に存在する奥深いタイの闇社会の巣窟 を垣間見たような気分だった。スワナブンとはパーリー語を語源とする「黄金の土地」という意 味。ちょっと意味深々なので御来泰の方はご注意を。 2017.1.30