イスラム教の葬式

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キルギス :清水正  林産品による地方 

   ビジネス開発プロジェクト専門家 

 
この9月19日に、ソ連時代後期(1980年代)に10年以上森林大臣を務めた Beishenaly Bekbaev氏が亡くなったことから、急遽
我々のプロジェクトにも朝一番で連絡が入った。今プロジェクトのカウンターパートとなっているキルギス環境保全森林庁にも、彼にお世話になり現在要職についている人が多いこともあり、急遽車を手配して出かけることにした。国民の殆どがイスラム教(でもお酒等にはかなり寛容的)であることから、葬儀もイスラム教に準じたものとなり、私自身としては初めて経験となった。
 日本では仏教式の葬式が多いので、多くの場合、火葬で葬られるが、イスラム教の場合は土葬となる。これは、「死」というのは永久の別れではなく一時的なものであり、アッラーの審判の日に再び蘇ると信仰されているからだそうだ。

 自宅の前に着いた時は、既に親族や関係者が集まり、イマームと呼ばれるお祈りを先導する人の前に遺体が置かれていた。棺桶ではなく、木製の担架に布で包まれた遺体が載せられている。しばらくして、礼拝が始まった。他の礼拝の時と同様、葬儀の参列者は全員イマームの後ろに列になって立つ。そして、この礼拝の際にイマームが両手を耳の後ろに当て、礼拝が始められ、「アッラーフ・アクバル」(アッラーこそ偉大なるお方)と大声で唱えながら、胸の前で両腕を組み、お祈りが挙げられた後、担架が車に運ばれ始まると、遺族の女性であろうか、大声で泣き叫び始めたのであった。この後、ビシュケク市郊外の墓地へ向かった。大型バスが2台、環境保全森林庁により借り上げられており、我々もそれに便乗した。後で気づいたのだが、女性は墓地に入ってはいけないそうだ。暑い日差しの中、深く掘られた穴に遺体が埋められ、参列者が土を各々に穴にかけていく。そして親族が穴を埋めて、盛り土にした上に花などを置いたのであった。この後、参列者は立ち姿からしゃがんで、イマームの礼拝に従う。時間にして5分くらいだったが、暑い日差しと不安定なしゃがみ状態だったので、かなり長く感じた。この後、市内の会場(通常は結婚式場)に集まり、会食が振舞われ、イマームの礼拝の後に、それぞれが帰路についたのでした。普段あまり触れることのない異教のイスラム教について少し考えさせられた1日でした。