トルコ ギレスン A to Z

ıslıkla konuşma

口笛(指笛)会話

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 小村浩二  ヨルダン在住

   企画調査員(ボランティア事業)

 

ギレスン市から路線バスで海岸線を東に一時間ほど走る。ギョレレ(Görele)の街でドルムシュに乗り換える。午前の買い物を終えた村人を乗せて半時間ほど山間の道を奥へと進む。そこからタクシーで15分ほどさらに奥へと分け入った。たどりついた村は、東部黒海地方の何の変哲もない山村である。

何の変哲もない谷間の村を訪ねてきたのは、この村を自分の目でどうしても確かめたくなったからである。村は「クシュキョイ」(Kuşköy)と呼ばれる。直訳すると「鳥の村」である。村人が口笛で会話することに由来する。急峻な山間に住む村人は、谷を挟んだお向かいさんや、野良仕事で谷向こうの畑に出掛けた家人との連絡を口笛でするというのである。同僚にお国自慢を聞いている話しの中ででてきた。以前にテレビで観たことがあった。それが、ギレスンだったことをすっかり忘れていた。携帯電話が普及した現在、口笛会話(ıslıkla konuşma)を聞くチャンスは少なくとも年一回はある。7月下旬頃の夏祭りで口笛会話競技大会が開催される。すでに9月、大会を聞き逃しはしたが、もしかしたら聞けるかもしれないと微かな期待もあった。

まずは、地形を確認しようと村の中心らしきカフェからさらに奥へと道を歩いた。村では冬支度が始まっていた。道端にヘイゼルナッツの古くなった幹が薪用に至るところに切り出されていた。薪ストーブ、パン焼き釜は、村での生活にまだまだ現役で活躍中である。畑では主食のトウモロコシが刈り取られ、インゲン豆の収穫も始まっていた。

人家が途切れた頃、谷間に小さな滝があった。そこに粉挽き小屋を見つけた。主食となるトウモロコシを碾く水車小屋だ。水車がないので見落として仕舞いかねない構造だ。中を覗いたら石臼が部屋の中央奥に据え付けられていた。失礼して中に入り確認したら現役のモノであった。

水車小屋から道に戻るとおばあさんに牛2頭見なかったかといきなり聞かれた。見なかったと答えた。それでも二三度同じ質問を繰り返してから「言っている意味がわかるか」と聞かれた。わたしの返事もそこそこに小走りに去って行った。よほど焦っていたのだろう。わたしにどこの者だと聞きもしなかった。

雲行きが怪しくなってきたので引き返すことにした。しばらく下ると山の上から人声がする。何かやりとりしているらしい。すわ口笛会話が始まるかと耳を澄ます。がなりあっているだけで鳥の声は、いつになっても谷に響きわたることはなかった。

               ヘイゼルナッツの薪                                               水車小屋の中                                       2頭の牛を探すおばあさん

トルコ ギレスン A to Z

işçi

労働者

夏、8月ともなると黒海地方は、ヘイゼルナッツの収穫時期を迎える。収穫は人海戦術である。家族総出による作業にも限度がある。おのずと外から労働者(işçi)を雇い入れることになる。季節労働者(mevsimlik fındık işçileri)の需要が増した。収穫時季、早々に交通事故のニュースである。家財道具を積んだミニバス、居眠り運転による横転事故だ。トルコ南東部ナンバーのミニバス、季節労働者を運んできたのだ。

表を見てもらうと分かるように1930年~2010年、80年間に作付面積はほぼ10倍となっている。この間にヘイゼルナッツの収穫風景もだいぶ様変わりしたようである。当初は家族内労働で、面積増加に伴い隣近所力あわせての共同作業(imece)となった。共同作業は、昼間は収穫、夜はランプの明かりを頼りに車座で夜更けまで実から萼を取り除く単純作業を行ったそうである。そして眠気覚ましに歌を歌いながら。今は、その歌が民謡として歌い継がれている。


1970年代に入ると隣接する県から季節労働者が入ってくるようになった。日本の稲作はこの頃から農作業の機械化が進む。そして、共同作業から家族内作業で対応可能となった。しかし、東部黒海地域でのヘイゼルナッツ収穫作業の機械化は絶望的である。傾斜地でのドングリ拾いを想像してもらえばその難しさを理解できるであろう。実と萼を分別する機械化がせいぜいのところである。


季節労働者とヘイゼルナッツは切っても切れない関係となっている。そ
して、如何に安い賃金で重労働をこなしてもらうか。こうした条件でも来てくれる人たち、トルコの中でも所得の低い、地元での就労機会のほとんどない人たちが、季節労働者となってやってくる。供給元は東部・南東部である。


1年の内約8ヵ月を季節労働者として国内を移動している。そして、家族総出で移動している。就学年齢に達している子どもたちももちろん一緒である。国内旅行をしていると、畑の真ん中にキャンプ地というのを目にする。その内のひとつをつい最近ギレスンで目にした。季節外れ、テントがないから見落とすところだった。ゴミ集積所に隣接する広場入り口にあった看板、「ヘイゼルナッツ季節労働者宿泊センター」がそれを示していた。

東部黒海地域だけではすまない地域格差の実態を収穫作業から知った。