トルコ ギレスン A to Z

SEKA

国営製紙工場

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ヨルダン:小村浩二  

    企画調査員(ボランティア事業)

 

2014年、「富岡製糸場と絹産業遺産群」が世界遺産に登録された。富岡製糸場は、1872年に設立された官営模範工場で日本の近代化に貢献した。トルコでもオスマン帝国から共和国へ(1923年)と時代が変わると近代化を推し進めるために国営企業の設立が相次いだ。その一つに国営製紙工場(SEKA: Türkiye Selüloz ve Kağıt Fabrikaları A.Ş.)がある。第1号は、1936年イズミットに開設された。そして、今年トルコ初となる紙博物館としてリニューアル・オープンした。国の近代化を支えた国営工場を歴史遺産として後世に伝える。時を同じくして遠く離れたトルコと日本で類似のニュースに接することとなった。

ギレスン県に足跡を残す日本人がいた。週末となると海岸で魚釣りをしていた日本人を覚えていると、街中で日本人かと声をかけてきた人がいる。SEKAは、イズミット以外にも8カ所に建設された。その一つが、ギレスン・アクス(Aksu)にもあった。SEKAアクス製紙工場は、日本のトルコに対する経済協力の最初の実績とされる。1967年4月アクス製紙工場建設のための支援がなされた。魚釣りする日本人は、この工場建設に携わったひとたちのことであったようだ。

また、大学生の時インターンとしてアクス製紙工場で実習した電気技師、勤勉な日本人の働きぶりを話してくれた。この技師の出会った日本人は、1989—1990年に国際協力事業団(現:国際協力機構)が実施した「トルコ共和国アクス製紙工場リノベーション計画」調査に参加した人たちのようである。

これは、ぜひアクス製紙工場を見学したい。しかし、それはかなわなかった。

2001年、経済危機に陥ったトルコは、国営企業の民営化を含む構造改革を断行した。SEKAもその対象となりアクス製紙工場(78万平方メートル)は、2003年9月に350万米ドルで売却された。その後、更地となった。現在、70万平方メートルがTOKİ(トルコ集合住宅開発局)に移管され振興市街地として再開発が進んでいる。

日本が支援した工場を実見する機会は失したが、工場閉鎖により県農業局に移籍した元SEKA職員2名から折りに付け工場が稼働していた頃の話しを聞かせてもらえた。